日記というか、ひとり言。

散歩をしていて、スポーツ見ていて、映画を見ていて、漫画を読んでいて思ったこと。

ゴジラ松井に学ぶコミュニケーション ~プロ野球選手よ、真摯たれ~

 

WBCを迎えるにあたり、侍ジャパンの調子が今ひとつだ。

エース候補の不調に、打線の沈黙
「外野出身の監督に名将はいない」という山本監督へのノムさん毒舌
もちろん明るい兆しはあるが、、、、

プロ野球のことを語っても、「あ、そうなの?」という冷めた反応が多いのが現実であり、プロ野球人気低迷という実情であろう。

若くして数々の記録を生み出す88年世代に加え、メジャーも太鼓判を押す新人大谷翔平のプロ入り。
話題は尽きないように思えるが、一昔前に比べて誰もが知っている野球選手、国民的ヒーローが居なくなっているように感じる。
そしてそれが、今のプロ野球人気低迷の一因であることも否定できないことだろう。


そんな中で、昨年の松井秀喜の引退は多くのプロ野球ファンを驚かせた。

決して想定外の出来事ではない。むしろ、ほとんどの人が予想・覚悟をしていたことであろう。
それにもかかわらず、松井の引退が大きな話題となったのが、松井秀喜プロ野球選手の代名詞とも言える存在であったからであろう。

松井秀喜 引退



王貞治のホームラン数と同じ数の背番号を託され、若くして巨人の4番を担う。
注目される人気球団の中で、プレッシャーにも負けずにホームランを量産した。

同世代のイチローとともに球界を盛り上げた90年代。

松井秀喜は紛れもなくヒーローだった。
私は松井秀喜のファンというわけではないが、その人間性は尊敬している。
プレースタイルや輝かしい戦績はもちろんだが、それ以上にマスコミへの受け答えから見られる人間性は、素晴らしいの一言だ。

カリスマ性という名のもとで、自分にもマスコミにも厳しいスポーツ選手が注目を浴び始めた頃、松井は他のどのスポーツ選手よりもマスコミの取材に真摯に対応していた

契約更改交渉後の会見場でサンタクロースの格好をしたり、パーティーグッズのバズーカ砲を放ったりと、松井はマスコミのしょうもない演出にも嫌な顔せず対応し、それを見て私たちはシーズンの終わりを感じる。



ゴジラ松井に学ぶコミュニケーション】
そんなマスコミとの応答の中で感じることは、松井は「質問返しをしない」ということだ。

「質問返し」とは、質問に対して質問で返すコミュニケーションのこと。

記者「最近どうですか?」
選手「どうって何がですか?」

記者「調子どうですか?」
選手「どう見えます?」

一時期の中田英寿イチローに見られた応答だ。

もちろん記者のなんの工夫もない質問が選手をうんざりさせ、このような応答になってしまうのだが、松井にはこのような「質問返し」がない。
<どんな曖昧な質問にも「そうですね…」と合わせてくれ、時には記者の意図するところを考え、欲しい答えをくれる。



「質問返し」はコミュニケーションの流れを切ってしまうことがある。

コミュニケーションとはその内容は大事だが、それ以上に言葉のやりとり自体に意味がある。
自分の投げた言葉を受け止めてくれ、それに返答してくれたという行為が二人の関係に安心感を生み、関係性を構築する。


「質問を質問で返す」というのは、来たボールを受け止めずに別のボールを投げるという行為ともなり、相手は不安を、さらには不快感を覚える。

にもかかわらず、意外と日常で使ってしまっていることが少なくないのではないか。

「これ、どういうことでしょうか?」
「君はどう思う?」


上司部下の関係などで見られそうな会話だが、このような応答が続くと、上司と部下の信頼関係はなかなか育たない。

部下からすれば、「わからないから、聞いているんです」と言いたいところだ。

もちろん、部下の悩みどころがわからない場合や、明らかに考えていないときには質問で返すことで、本人の考えを引き出すことは重要だろう。

しかし、質問に質問で返すという行為は有効な場合もある一方で、相手との関係構築の機会を損なってしまうことも頭に入れておいて欲しい。

繰り返しになるが、コミュニケーションとはその内容とともに、そのやりとり自体に意味があるのだ。



昨今、雑談ができない社員が増えていると聞く。
また、採用試験で雑談ができるかを見る面接をする企業もある。

相手の話に興味を持てるか、ネタになる話題があるか、そのために日ごろ観察力を持って生活しているかがポイントになるだろう。
そして同時に、どんな話題も受け入れる真摯な姿勢を持っているかも重要な要素になってくるだろう。


「今は何をいっても「裏切り者」と思われるかもしれませんが、いつかは、松井が行ってよかったなと思ってもらえるように頑張りたい。」
松井秀喜 メジャーへの移籍会見にて


松井秀喜