日記というか、ひとり言。

散歩をしていて、スポーツ見ていて、映画を見ていて、漫画を読んでいて思ったこと。

『高台家の人々』が起こした革命

高台家の人々という少女漫画が面白いですね。

今度、実写映画化されるそうですが、人気を得ている理由の1つは、設定の新しさでしょう。


高台家の人々
高台家の人々』 森本梢子集英社



主人公の女性は、30歳の地味めOL、平野木絵。

趣味はスケールの大きな妄想

特に取り柄があるわけでもありません。

ヒロインは「中の上レベル」というのが少女漫画のセオリーですが、どちからと言うと中の下、な感じに描かれている気がします。


そして、主人公の男性、高台光正は「天は二物を与えず」という言葉をあざ笑うかのような、ザ・パーフェクト

顔良し、性格良し、家柄良しの人材です。

就職活動では、内定ホルダーだったことでしょう。


設定の肝であり、彼が一番他の人と違う点は、人の心が読めるテレパス能力を持っているということ。

しかし、相手の本心も読めるからこそ、恋愛がなかなか発展しないという過去が。

だからこそ、妄想の中に純粋さが見えるヒロイン、平野木絵に惹かれたというのが本作のストーリーです。


この「人の心が読める」って設定。

SFにしたらよくある話で、少年漫画の特殊能力でも見る設定なんですけど、、、

少女漫画にしたら御法度なんです!


だって、そうでしょう。

心が読めてしまったら、僕らがドキドキする

「相手の考えていることがわからないから、もどかしい」

「お互い意識し合っているけど、自信がないから一歩先に進めない」

「誰にでも思わせぶりな態度を取る主人公の男が許せない(でも最後はヒロインを選ぶ心地よさ)」

っていうシチュエーションが味わえないんですから!!


恋愛漫画、恋愛小説などの魅力って、この「もどかしさ」にあると思います。

そして、相手のことがわからないから、「もどかしい」のであって、相手の心がわかったら面白くないじゃん!と考えるのが普通なんですよね。


しかし、そのあたりは、さすが『ごくせん』を生んだ森本梢子

テレパス設定の中でも、上手いストーリーと多彩な登場人物でそんなもどかしさを表現しています。

また、主人公の妹、弟、さらにはお婆ちゃんもテレパス能力を持っていて、彼女らの恋愛事情も描くことで、「相手の気持ちがわかるからこそ、踏み込めない」といった心情も表現されています。



ただですね!

このブログのタイトルを「『高台家の人々』が起こした革命」としているわけですが、“革命”っていうのはそこじゃないんです!

 

どこ?

 

それは、、、、


この主人公二人の、、、


告白のプロセスも、告白のシーンも描かれていないっていうことなんです!


これって、文章で書くと「あ、そうなの?」って思うかもしれないですが、革命的なことなんですよ!


そりゃ、そうでしょう。

好きだという感情に気づいたとき、片思いをしているとき、相手の気持ちに気づき始めたとき、付き合うとき。

どれも、これも「もどかしさ」の演出には持って来いのフェーズじゃないですか。

これだけで、単行本5巻は引っ張れますよ。


初めから付き合ってという設定ってわけじゃないんですよ。

二人は同じ会社に勤めながらも、高台光正の異動によって初めて出会うんです。

いや、出会うっていうか、すれ違うという方が正しいですかね。

あとは、光正が木絵の妄想を読み取るだけ。


自己紹介と言えるものなんて、こんなレベルですよ。

自己紹介



唯一、告白と考えられるのが、高台光正の「よかったら今夜、食事でもしませんか?」という路上での言葉。


ここからページをめくると、既に付き合っていて、周りがギャーギャー言っているというシーンになっています。



少女漫画レベルの低い私としては、読んでいて戸惑いましたよ。


ページ数にして、たったの18ページ目。

「え? いつ付き合ったの?」「もしかして、本の落丁?」なんて思いました。


でも、冷静に考えてみると、これが森本先生のメッセージ・恋愛観なのかもしれないですね。


男が食事に誘ったら、それは告白と同じ。

直接的な「好き」「付き合って」なんて言葉はいらない、という。


夏目漱石が「I love you.」を「月が綺麗ですね」と訳したように。



もう一方の解釈として、「告白に飽きた」とも考えられます。

『ごくせん』『デカワンコ』とドラマ化する作品を世に送り、『アシガール』などの時代劇少女恋愛漫画を輩出した森本梢子先生。

「恋愛で告白なんて当たり前。そういうのが読みたいなら、他の作品でもいいんじゃない」なんて思っていたりして。


そう森本先生が思っているかどうかは別にして、「付き合うまでに飽きてしまう」「付き合ったら、つまらなくなった」という漫画は少なくないと思います。

だからこそ、「告白」という恋愛物には欠かせないキートピックスを、あえて外すことは“売れる商品”を作る上で重要な視点だったのかもしれません。


結果的に、『高台家の人々』では、予定調和のシーンがなくなることにより、テレパス能力を際立たせる設計になっていますし、テンポの良い展開を生み出しています。


今後新たな展開を見せるか、新しい登場人物を出すことでサイドストーリーを作るか、それとも終了させて次回作に行くか。

少女漫画の発刊ペースは、少年漫画に比べて遅いので、待ち遠しさが募りますが、いずれにせよ、今後の森本先生、そして少女漫画界の新しい展開が楽しみです。



まあ、でも、『高台家の人々』実写化する上で、斎藤工はないかな。


高台家の人々実写化